さまよう旅人 繰るも巡るも 螺旋の季節
2017/07«│ 2017/08| 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »2017/09
文字色の変化のON/OFFが出来ます。文字サイズ文字サイズ:大文字サイズ:中文字サイズ:小
--:--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category:スポンサー広告│ コメント:--│ トラックバック :--
15:26:00
ダークサイドになりますので、続きをお読みになる方は、覚悟を持ってお進みくださいまし。
大学時代にいっとき、ある宗教団体とお付き合いをしたことがある。
教えていただける内容は人生においてとても重要な知識を与えていただけるものだった。
ただひとつを除いては。

『死』とは誰もが恐れ、そして考えたくないものとされる。
その宗教団体は、その『死』について直視し、それを乗り越える力を得ようというものだったのである。
その方法というのが、説法をひたすら聞き入り、理解し、心を清めるというもの。そうすれば自然に『死』を怖いものと認識しなくなっていくということらしい。

ここからは私個人の見解となるので反論のある方も多数あるだろうが、一般人の意見として表現していきたいと思う。

『死』がそんな説法を聞くことで乗り越えられるようなものではない。
説法とはあくまで自分のなかにある悪を知り、その自分を認め、それを踏まえて自分を磨くというものである。

小さい頃によく、夜寝る前に『死』について考えたものだった。
どうか神様様仏様、自分に近しい人を守ってくれますように。
自の『死』を恐れ、他の『死』も恐れ、考えて行き着いた先の答えは『無』だった。

きっと『生』と『宇宙』は繋がっていて、死んだら宇宙の星に変わるのだとか、輪廻転生説を信じてみたりとか。
でも、それはあくまで、自分でいいように理解するための机上の空論、証拠も何もない。

宗教団体と若干の関わりを持ち、出して答えは、単純なことだった。

植物も動物も星もいつかは滅び行くもの。ならそれは受け入れるしかない。
ただ、その過程で、もがいてもがいて「生きたい生きたい」と叫び続けてやると。
そして自然に還っていくと。

それが私の弱弱しい覚悟である。
スポンサーサイト

コメント
コメントの投稿










トラックバック
トラックバックURL
→http://atukitisio2005.blog33.fc2.com/tb.php/396-db4cdcb5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
プロフィール

ZERO

Author:ZERO
ZEROの生態調査報告
ZEROの友達、ごん蔵君です☆
TAG FRIENDS
mogurazoku.jpg
onsen13.png

最新記事
最近のコメント
最近のトラックバック
着信アリ!

通常着信
every little thing every precious thing(リンドバーグ)
※阪神タイガース藤川球児のテーマ曲

メール着信
ビックブリッジの戦闘(FFV)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。